to top page 
 
■本の紹介・感想
 
会員が順に執筆します。本の選択は、執筆者に一任しています。800字〜1000字のネット上で一気に読める字数を基準にしますが、必ずしもこだわりません。
 
 
●橋本健二『アンダークラス ―新たな下層階級の出現』
                  
(ちくま新書、2018年、820円+税)
                                    立松 潔
 
 1990年代以降、デフレ不況が長期化する中で非正規雇用労働者が増加し、格差拡大と貧困問題が深刻化した。本書は日本社会の底辺に生きる非正規雇用労働者に焦点を据えてその実態を明らかにし、格差や貧困を解消するための方策について提言する。
 
 本書の定義によれば、アンダークラスとは非正規雇用労働者のうち、パート主婦と非常勤役員・管理職、専門職を除いた人びとのことである。現在の日本のアンダークラスの人数は930万人、就業人口の15%に達し、その平均年収は186万円、貧困率は38.7%だという。
 
 格差や貧困をめぐる実態について個別事例を紹介した文献は数多く出版されている。しかし、本書は個別事例の紹介ではなく、2015年に実施された「社会階層と社会移動全国調査(SSM調査)」と2016年の「首都圏調査」のデータをもとに統計的な分析が行われている。このアンケート調査の回収数は前者のSSM調査は7817人、後者は2351人である。
 
 この調査データをもとに本書は、年齢(60歳未満と60歳以上)と性別によってアンダークラスを4つのグループにわけ、4章から7章においてそれぞれについての特徴を明らかにしている。このようにして個別事例だけではわからないアンダークラスの人びとの意識や生活実態が統計的に明らかにされているのが、本書の優れた特徴である。
 
 本書の主張するところは、格差と貧困を解消し、アンダークラスの人びとがこの社会のなかに安定した場所を確保し、他の人びとと同じくらいの満足と幸福を得ることができるようにすることである。しかし現在の政府・自民党とその支持者達は自己責任論を掲げ、所得の再分配による格差や貧困問題の解決には否定的である。
 
 そして最大の問題はアンダークラスの人びとが政治に関心を失い、政党との結びつきも極めて弱いことである。本書が主張するように、所得再分配による格差の縮小と貧困の解消を中心課題に据え、アンダークラスの人びとを結集し、その要求の実現に向けて運動を進めることが、問題解決のためには不可欠である。本書はそのための道筋や取組みを検討するための重要な情報を提供してくれている。貧困と格差の問題解決に取り組む多くの人に読んでもらいたい本である。
(2019.11.25掲載)
 
 
ヘゲデューシュ(平泉公雄訳)『社会主義と官僚制』 (大月書店、1980年)

杉本龍紀 

 

ハンガリーのヘゲデューシュ・アントラーシュが1976年に出版した論文集(邦訳は1980年)である。

ヘゲデューシュは、第2次大戦期の共産主義運動から、ハンガリー勤労者党中央委員を経て、1956年のハンガリー動乱(事件)勃発時に首相を務め、地位を追われた。その後、社会学者として研究の世界に転じ、中央統計局副長官や科学アカデミー附属社会学研究所長などにも就いたが、官僚制に関わる批判的論文により、73年に社会主義労働者党から除名されたとのこと。収録された論考は、東欧諸国では先駆的だった68年からの「新経済メカニズム」導入(「市場社会主義」の実験とされた)を前後する時期のものである。

 

ポイントは2つ。第1に、社会主義において国有であれ協同組合所有であれ、集権的国家行政システムであれ自主管理であれ、企業の内部には、一方では、専門知識を有し職業的に統治と管理を担う専門統治集団が専門化・ヒエラルヒー化・規格化を特徴とし権力的決定権限を有する専門統治機構を形成し、他方には、この権力構造に加われず権力行使の対象となる勤労者、という二分化が必然的に発生し、専門統治集団が官僚制を形成するという理解である(「官僚制」と「官僚主義」は明確に区分される)。

 

社会主義における「官僚制」は、「社会発展の現段階では」「これまでの経験では」、「歴史の必然性」であるとする。この理解は、旧ユーゴスラビアでの「官僚主義的中央集権主義」を廃絶し社会統治と専門統治に伴う権力を「勤労者の共同体」に移譲することを目的としていた社会的自主管理の経験にも共通する。自主管理機関に十分な専門知識などがないままに専門統治機構が不可避的に形成されたとされる。

 

とはいえ、この官僚制は「最も厳密な意味」では、社会の発展が分業などの一定段階において不可避的に生み出した一歴史現象にすぎず、いずれ、勤労者の社会から分離した統治機構を不要とする発展段階がくるはずである、とも述べる。

 

2に、専門統治機構は社会的分業において独自の位置を占め、社会の普遍的利害と目的に一致しない局部的利害と目的をもち、自己の自立性、独占的地位すら求めうるもので、「最適化基準」には適合するが「人間化基準」と矛盾する存在であるとの主張である。

そこで、専門統治機構に対し、新たに設置資する企業監督委員会による社会的統制を進めて、勤労者が行動する社会集団に専門統治集団を従属させるなどの、専門統治権力に対する社会的支配を打ち出している(有効性や現実性は不明だが)。

 

社会主義体制の崩壊に伴って、市場社会主義的な議論とともに協同社会的な社会構想が打ち出されてきたが、その社会構想において「企業」的な経済組織への現実的な関心が薄い気がする。40年以上前の書物だが、社会主義社会における階層分化の根拠とともに、企業における現実的な諸関係に目を向けさせるものでもあった。

(2019.10.28掲載)

 
 
●米原謙『山川均―マルキシズム臭くないマルキストに―』(ミネルヴァ書房、2019)。
                                                   平地一郎
                                                                               
 私の最も尊敬する労農派マルクス主義者・山川均がこのように世間に知られていくのは嬉しい限りである。

  もとより、その「終章」での山川評にはあまり賛同できないが(「マルクス主義をめぐる山川の長い道のりは、マルクスから学び、その実現に向けた歩みだったが、それは最後にはマルクス主義の根本命題を否定する行きついたのではないだろうか」〈313頁〉)、しかし著者自身が西欧社会民主主義への(おそらく)親近感から山川均をそう肯定的に評価するわけだから、それはそれで構わないと思う。それだけ山川均は懐が広い。他者からの評価は細部についてはあまり気にしないことが肝要。

 山川均の伝記物には、山川菊江・向坂逸郎編『山川均自伝』(岩波書店、1961)がある。どういうわけか私の本棚にあるのは、たぶん学生時代に神田の古本屋で購入したものと思う。こちらの方が山川均の歩みと思想を知る上で私にはしっくりくるが、他方、本書も、興味あることを沢山教えてくれる。

  なかでも、第7章(東アジアの「山川主義」)。山川均の著作の中国語訳の何と多いことか。中国では、1911年の辛亥革命後、日本経由でマルクス主義思想を受容した経緯がある。そのなかでの山川均の影響力。譚王路*美『中国共産党を作った13人』(新潮新書、2010年)によれば、その多くが日本での留学を経験している社会主義者で、また雑誌『改造』に寄稿する者(李漢俊)もいた。歴史の歯車が少し違えば(13人の大半はその後離党・殺害などで中国共産党の源流にはならなかった)、中国は「労農派」的な社会主義建設をしていたかもしれないと勝手に想像してみたりする(ただし歴史にイフは禁物だが)。

 
  本書によって、多くの人が労農派の思想に少しでも触れる機会があれば、山川均の思想を広く「販売」したい私としては、言わば、労せずして丸儲けの感がある。
(2019.9.24掲載) 
*王路は一字